www.kmnh.jpいにしえ探訪(一覧)戦国期の由来もつ花器

いにしえ探訪
History


新聞掲載日:2007/04/28
No.092
馬盥/戦国期の由来もつ花器

九曜紋入りの馬盥
 馬盥は「ばだらい」あるいは「うまだらい」と読み、元は字のごとく、馬体を洗う大きな盥のことである。しかし、本品(外径50.5センチ、深さ14.5センチ)は全面が黒漆塗りで、外側板には小倉(のち熊本)城主細川氏の家紋「九曜(くよう)」と「五三桐(ごさんのきり)」が配され、底板は夏の水辺の草花、「杜若(かきつばた)」と「菱(ひし)」の蒔絵(まきえ)で飾られている。とても馬体を洗う盥などではない。
源氏流の生花家千葉龍卜著「源氏活花記」(明和2年)に「有合(ありあわせ)たる馬のたらい(盥)にくつわ(轡)を入、花をとめしも風雅なる事」とあるように、馬盥は戦国時代に陣中での心安めに花を活けたことに由来する、れっきとした花器である。
この馬盥の旧蔵者早水家の先祖、助右衛門満久は細川忠興の家臣であったが、2男仁右衛門は天正年間に京都に出て町人となり、亀屋利兵衛(満重)と改名し、細川家の御用を勤めた。忠興の転封(てんぽう)に随伴して小倉に居を移しても亀屋の屋号を継承して、竪町(たてまち)で造り酒屋を営んだ。
18世紀末に編さんされた「小倉商家由緒記」によると、早水家は、大坂夏の陣に際して「具足三領」を細川忠興に献上し、陣中見舞いの折には逆に「御紋付御盃(さかずき)台」と「盃」を拝領。この後、忠興は度々早水家に出入りし入魂の間柄となり「金之御屏風(びょうぶ)」をはじめ、御手道具、茶釜、手水(ちょうず)鉢のほか「御紋付之御盥」も拝領したという。由緒記に記されている「御紋付之御盥」こそが、本品「馬盥」のことだろう。


文章: 永尾正剛学芸員
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